• Begin
  • Explore
  • in practice
  • rice farm
  • rarely shop

ここはタイトル





冒頭の文章とタイトル



世界は、いつの間にかとても説明上手になりました。


説明、計測、評価、最適化、正当化。

どんな出来事にも、すぐに世界を扱いやすくするための言葉が与えられます。

それなのに、なぜか腑に落ちない感覚だけが、身体の奥に残ることが増えていきました。

情報は足りているはずなのに、世界の輪郭が掴めない。


わたしたちが行うことは、今日この世界で何が起きているのか。

そしてその出来事が、どんな意味を持っているのか。

それらを、一緒に考え直すための試みです。


わたしたちは生きてきたなかで、「これは知っておいたほうがいいのではないか」と感じたことがあります。

それを一方的に伝えるのではなく、みんなで考え、問い直す場をつくりたい。

世界や地球とどう関わるかを、誰かに任せるのではなく、自分で選び取るための一助になること。

それが、この活動の目当てです。


負の波及に加担するのではなく、健やかな営みを通して、人が世界と関わり直す余地をひらいていきたい。


世界は、自分が影響を及ぼせる場所であるということ。

そして、自分で考えたことは、少しずつでも形にできるということ。

そのことを、知ってほしい。


私たちがおごることなく、多くの人を触発し、励まし、地球と世界の役に立てますように。





世界はかつてないほど進化し、豊かになりました。

効率や最適化は進み、私たちは多くの恩恵を受けています。


けれど同時に、 世界はかつてないほど複雑になったとも感じています。


便利になったはずなのに、 何が起きているのか、 どこへ向かっているのか、 以前よりも見えにくくなっている気がします。


その「複雑さ」は、いったいどこから来ているのか。

わたしたちは、 感覚だけに頼らず、 歴史や社会の流れを手がかりに、 少しずつ理解しようと試みました。


そのなかで見えてきたのは、世界の大きな構造を理解することと、日々の小さな実践は、決して切り離せないということでした。


複雑な世界のなかで本当に大切なのは、個人と社会の最小単位で実践される、健やかな「いとなみ」ではないかと感じています。


未来の手綱を握るのは、誰か一部の人ではなく、私たち一人ひとりかもしれません。


世界や地球とどう関わるかを、誰かに任せるのではなく、自分で選び取るための一助になること。

それが、この活動の目当てです。


いま、どう在るか。

世界をどう見るか。


その選択の積み重ねが、 これからの未来を形づくっていく。


私たちの試みが、 誰かの思考をひらき、 小さな行動のきっかけとなり、 健やかな循環へとつながっていくことを、 私たちは願っています。