世界は、いつの間にかとても説明上手になりました。
説明、計測、評価、最適化、正当化。
どんな出来事にも、すぐに世界を扱いやすくするための言葉が与えられます。
それなのに、なぜか腑に落ちない感覚だけが、身体の奥に残ることが増えていきました。
情報は足りているはずなのに、世界の輪郭が掴めない。
わたしたちが行うことは、今日この世界で何が起きているのか。
そしてその出来事が、どんな意味を持っているのか。
それらを、一緒に考え直すための試みです。
わたしたちは生きてきたなかで、「これは知っておいたほうがいいのではないか」と感じたことがあります。
それを一方的に伝えるのではなく、みんなで考え、問い直す場をつくりたい。
世界や地球とどう関わるかを、誰かに任せるのではなく、自分で選び取るための一助になること。
それが、この活動の目当てです。
負の波及に加担するのではなく、健やかな営みを通して、人が世界と関わり直す余地をひらいていきたい。
世界は、自分が影響を及ぼせる場所であるということ。
そして、自分で考えたことは、少しずつでも形にできるということ。
そのことを、知ってほしい。
私たちがおごることなく、多くの人を触発し、励まし、地球と世界の役に立てますように。
世界はかつてないほど進化し、豊かになりました。
効率や最適化は進み、私たちは多くの恩恵を受けています。
けれど同時に、
世界はかつてないほど複雑になったとも感じています。
便利になったはずなのに、
何が起きているのか、
どこへ向かっているのか、
以前よりも見えにくくなっている気がします。
その「複雑さ」は、いったいどこから来ているのか。
わたしたちは、
感覚だけに頼らず、
歴史や社会の流れを手がかりに、
少しずつ理解しようと試みました。
そのなかで見えてきたのは、世界の大きな構造を理解することと、日々の小さな実践は、決して切り離せないということでした。
複雑な世界のなかで本当に大切なのは、個人と社会の最小単位で実践される、健やかな「いとなみ」ではないかと感じています。
未来の手綱を握るのは、誰か一部の人ではなく、私たち一人ひとりかもしれません。
世界や地球とどう関わるかを、誰かに任せるのではなく、自分で選び取るための一助になること。
それが、この活動の目当てです。
いま、どう在るか。
世界をどう見るか。
その選択の積み重ねが、
これからの未来を形づくっていく。
私たちの試みが、
誰かの思考をひらき、
小さな行動のきっかけとなり、
健やかな循環へとつながっていくことを、
私たちは願っています。